執筆者である動物写真家&ジャーナリスト・岩井猛氏のご好意により、
月刊“愛犬の友"(誠文堂新光社刊)05年1月号に掲載された記事を転載させていただきました。
なお、一部、本誌掲載時とは表現の異なる部分があることをお断りしておきます。

“愛犬の友”掲載 [シリーズ]人と犬のこれから
『国立公園』犬規制問題 自然公園法改正と新聞報道を考える

取材&文/岩井猛


『国立・国定公園、動植物の持ち込み禁止…来春に法改正』(7/7読売新聞)『ペット 国立公園、同伴お断り 環境省「生態系壊れる」』(9/22毎日新聞)など、愛犬家が怯えてしまうような見出しで新聞報道されていたが、環境省は『自然公園法』の政令改正を検討していて、早ければ来年4月にも施行する運びだという。紙面には、一般的な飼い犬も規制の対象になるかのごとく書かれており、実際に多くの愛犬家が憂慮していると言う。環境省が、にわかにこのような決定を下すとは到底思えないのではあるが、事の真意を確かめてみた。
>> 新聞記者は犬嫌い!?
 それにしても、新聞記者はよっぽど犬嫌いが多いらしい。生態系破壊の話題となると必ずと言って良いほど"犯人"の代表に犬を持ち出す。"ペット"との表現もあるが、人と山登りするペットと言えば犬を指しているのだろう。以前、立山の雷鳥が皮膚病になった時も「ペットが原因か?」などと見出しが踊り、大いに不安を煽っていたものだ。しかし、原因菌と言われたブドウ球菌は人間の手などに通常に存在する菌であること、また、その後こちらの取材で分かったことだが、立山の室堂に訪れた人間の数に対して、犬の比率が0,0035%という僅少であった事など、ほとんど"ぬれぎぬ"と言っても過言でないことが分かった。(注)その後も、登山道に、里の植物であるオオバコが生えて騒がれたことがあったが、これも犬が原因であるとの見出しで報道されていた。人間の登山靴は草の種が付着しない加工でも施されているというのだろうか?あるいは、ひょっとして登山者は上履きでも着用するのか?反論するのもバカバカしくなる報道が平然と行われているのが実態だ。

 実は、7/7の読売新聞の記事を読んだ時も、正直「またか」と思い、あまり真剣に受け止めもしなかった。それは以前、山岳団体による長野県の国立公園を含む1,600m以上の高地を条例で規制する動きがあった時、環境省に取材を申し入れ、直に環境省の見解を聞く機会があったからだ。その件も犬の立ち入り規制が含まれていたが、根拠も希薄なままの安易な規制などを、環境省が行うはずがないという確信を持てる内容であった。

 9/22付けの毎日新聞では、改正の動きを伝えるのと同時に、愛犬家団体がこの改正案に反対していることも報じられていた。そのこと自体は、多くの愛犬家がこの件を注視するきっかけを作ってくれたようだが、取りようによっては"せっかくの生態系を守るための改正案なのに愛犬家が抗議している"なんとけしからん!と捉えられかねない内容とも言えるものであった。更に、その時点では詳細が未発表だったのではあろうが、"国立公園"を、ひとくくりで表記しているので、まるで全域での規制を思わせる極めて不的確なものであった。実際にこの記事を読んだ読者が、自分の別荘に犬を連れて行けなくなると心配し環境省に電話を入れてきたという。

>> 国立公園はサンクチュアリか?

 国立公園というと、サンクチュアリをイメージする方が多いと思うが、意外にもその性格は薄いものであるようだ。国立公園の定義を確認してみよう。『国立公園とは、日本のすぐれた自然の風景地を保護するとともに(美しく特色のある海中の景観を含む)、その利用の増進を図り、国民の保健・休養・教化に資することを目的としています』と有るように、そもそも保護の対象は"景観"のみにあったようだ。おそらく『自然公園法』が施行された当時には、まだ"生態系"という概念自体がなかったのだろう。それがH14年の改正時に『生物多様性保護』の条項が加わり、ようやく"生態系保護"への理念が掲げられるようになったという。サンクチュアリとしての性格を待ち始めたのは、実は非常に近頃の出来事であったのだ。

 また、もう一つの大きな目的に、利用の増進があるわけだが、これもサンクチュアリの発想とは逆に近いものである。当然、エリア内は観光産業も活発で、ホテルやペンション、レストラン、観光道路、その他様々な施設に溢れているわけだ。しかし、国民が国立公園の利用をきっかけに、自然を愛する心を持ちはじめ、環境問題にも興味を持ってくれるようになるのならば、まさに理念のネライ通りになるわけで、大変意義のある目的であると言えよう。このように、国立公園の性格は、決して生態系保護だけに偏ったものではなく、はっきりエリア分けして考える必要があるはずだ。その意味でも毎日新聞の紙面は極めて不親切、不適切なものと言わざるを得ない。

 実際には、重要エリアを『特別地域』『特別保護区』と指定して生態系保護活動も積極的に行われているが、とても十分なものとは言えないものだ。例えば前出の、雷鳥で有名な室堂など、いくら『特別保護区』に指定されていても、すぐ間近まで観光道路が付けられ、駐車場まで完備されるなどでは、この問題にどこまで真剣なのか疑わざるを得ないと言われても仕方がないだろう。雷鳥の皮膚炎事件などは、正しくこれらの無策が原因であって、矛先を犬に向けるなど言語道断なことである。本気で生態系保護を掲げるならば『特別地域』『特別保護区』など、その規定も制限も曖昧で分かりにくいものではなく、はっきりと"サンクチュアリ"として打ち出すべきだろう。そこは文字通り聖域であって、犬規制どころか、人間の総量規制も当然あって良いだろう。更には、野生動物の誤飲誤食を防ぐ意味で、プラスチック製品などの持ち込みも禁止、弁当の中身すらも規制の対象にすべきだ。当然禁煙。もちろん周辺に山小屋や車道など作ることなど論外。その他、悪影響が考えられるありとあらゆるものを検討して規制すべきだ。

 本当に必要な規制を、矛盾のない実効ある方法で行うのであれば、多くの愛犬家は諸手を上げて賛成するはずである。もともと動物好きで、犬を連れて山登りしたり、アウトドアーをするような人々は、むしろ一般的な人々よりも遙かに、自然保護には高い意識レベルを持っているものだと私は認識している。

 その他のエリアでは基本的に規制の必要は無いはずだ。マナールールの徹底で十分事足りるはずである。"人間の規制が必要ないところでは、犬の規制もいらないはずである"というのが私の考え方だ。"生態系破壊"は犬嫌いにとっては実に体の良い理由付けにはなろうが、人間と共に山歩きするくらいの規模で犬を犯人にすることなど、もともと到底無理のあること。これを理由に、必要のない部分まで"犬だけ"を閉め出そうとする考え方は、そろそろ終わりにして欲しいものだ。特に観光産業が広がっている地域にまで犬の持ち込みを制限しようなどは、個人の権利にまで踏み込むことであり、明らかに暴挙と言っても良いだろう。

>> 改正の目的とは
 さて今回の新聞報道の真偽と、改正の目的などを、環境省・自然環境局国立公園課、保護管理専門官の中島尚子さんに伺った。政令改正の目的は、やはり生態系の保護にあった。今までは規制の無かったブラックバスやミドリガメ(アメリカアカミミガメ)、アライグマなど、いわゆる外来種による生態系被害が問題となっていることから、自然公園の一部の地域でも、外部から持ち込んだ動植物を野外に放すことを禁止とするという大変緊急を要する改正案であった。また、新聞記事に関しては、(今回は読売新聞に限って伺った)
「もともと考えられる限りの動植物をテーブルに乗せるべき(検討の対象)だとの考えがありましたから、記者の「では犬は?」の質問に「検討の余地はありますね」と答えたことがきっかけでお書きになったものと思います。しかし、こちらの真意とはかなりかけ離れたものになっていて驚いています」
と言うことであった。

「100%無いとは言い切れませんが、法で規制するというのは最後の手段だと思っています。現時点ではリードをつけた飼い犬の持ち込みまで規制する必要があるとは認識していません。犬は、あくまでも、たくさん有る検討対象の一つに過ぎないと言うことです」
「また、もしも飼い犬の持ち込みを規制する必要があると判断した場合でも、当然、実態調査などのデーターが必要で、いきなり規制という事はまずないでしょう」
とのことだった。

 やはり思っていた通りの内容であり、新聞報道のポイントずれには呆れるばかりである。
 更に重大なのは、これらの報道がもとで"犬は有害である"という、いわれのないレッテルが貼られることだ。特に今回は、"環境省のお墨付き有害獣"ともなるわけで"犬嫌派"を大いに勇気づかせることだろう。現在でも、営林署など現場の権限で、あるいは権限も無しに「国立公園だから」の理由でかなりの犬規制が行われていると言うが、今後はありとあらゆる所で、こんな"悪用"が横行するに違いない。

 また、これらの報道が本当に環境省の真意でないのならば、その旨を、関係機関や実際の現場などに通達すべきであろう。その点を中島さんに伺ってみた。「あくまでも個人的な考えですが、犬の問題は何と言ってもマナーの問題だと思っています。確かにペンションなどが立ち並ぶ区域まで、国立公園の敷地であるというだけの理由で規制を受けるのはおかしいことですね。しかし省としての見解がまとまっているわけではないので通達などは難しいと思います」と、少し残念な回答であった。しかし、この問題の本質が"マナー"にあることを的確に理解してくださっていたのは大変心強い限りだ。

>> 急がれる"共通マナー"の作成

 この連載でも、過去3回にわたり『国立公園問題』を取り上げてきた。そこで私なりに得られた解答は、やはり他の犬問題同様、"マナー"の問題に尽きると言うことであった。

  しかし、他の問題とは決定的に違う部分がある。それは、出かけるフィールドが、"生態系"という、一度失ってしまえば、取り返しのつかない舞台に隣り合わせていることだ。例え、立ち入り規制の無いところであっても、高山植物を始め、気遣いが必要なものは里のレベルではない。また、歩き方一つ取っても、狭い登山道でのすれ違いや、リードを持っていては危険な箇所など、実際に山岳地帯ならではの難しい局面が多々出てくる。これらのことは、一般ハイカーや登山者に理解して貰いにくい問題で大きな課題にもなっている。今後は、立ち入り規制外であっても高度な保護が必要と思われる部分などでは、ライセンス制などを含めたなにがしかのルール作りが迫られるかも知れない。

  また、そうでない一般的な山道に於いても、誰にでも分かりやすい"共通のマナールール"が必要になってくるだろう。
  実際に、それらの啓蒙活動を行っている愛犬家団体はあるものの、まだまだ普及というレベルには達していない。この問題はぜひ環境省にリードして頂きたいものである。環境省が一定の共通ルールを示してくれれば、便乗犬禁はもちろん、一般客や受け入れ側とのトラブルなども劇的に減るはずだ。

 もちろん問題の本質は個人の自覚にあるのは言うまでもない。新聞などが犬や犬飼に対し歪んだ報道をする裏には、しつけすらまともに出来ない、マナー知らずのバカ飼い主があまりにも多すぎるのも一つの大きな要因だろう。野山を愛犬と旅する楽しさは、実に格別なことである。この自由を手放さないためにも更なる自覚と、自然に対する真摯な気持ちを忘れないようにしたいものだ。